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長野地方裁判所飯山支部 昭和42年(ワ)1号 判決

原告

小湊繁司

ほか一名

被告

前沢建設工業有限会社

主文

原告等の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、請求の趣旨として、被告は原告両名に対し夫々金二、〇四七、九三九円及びこれに対する昭和四一年一一月一八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、

(一)飯山市有数の建設業者である被告に雇われ、貨物自動車運転係員として勤務する訴外佐藤正夫は、昭和四一年一一月一七日午前七時四〇分頃、被告所有の貨物自動車を運転して、飯山市市の口地籍の旭農業協同組合前から飯山市街地寄り約一〇〇米の県道飯山、新井線を飯山市街地に向い、時速凡そ五〇粁で進行中、原動機付自転車を運転し、時速約二五粁で、同一方向に向い進行していた原告等の三女孝子に追い付き、同女を追い越すに当り、運転を誤り、同女を路上に転倒、路外に転落せしめ、頭蓋底骨折の傷害を与えて死亡するに至らしめた。

(二)被告は、自動車損害賠償保障法第三条本文により損害を賠償する責任がある。

(三)右孝子は、昭和二二年二月一九日生の独身者で、原告等と同居し、飯山市の歯科医院に雇われ通勤して、給料一ケ月金一五、〇〇〇円、賞与年間金三万円、一ケ年合計金二一万円の収入を得ていたので、飯山地方農家における一人の生活費、一ケ月金八五七二円であって、一ヶ年合計金一〇二、八六四円を控除し、一ヶ年金一〇七、一三六円の収益となるところ、同女が六三歳まで稼働し得られるため、その間四四年間の収益合計額をホフマン式(107136×22,923)による算出額金二、四五五、八七八円の利益を喪失し、被告に対する同女の右請求権を原告両名が二分の一を相続した。

(四)原告方は、飯山地方でも有力な農業経営者であって、原告両名は、訴外佐藤正夫の業務上過失行為に因り、最愛の末娘を失い、その精神上の打撃も甚大なものがあり、これが慰籍方法としての金額を金七五万円とするを相当とする。

よって原告両名は、夫々金二、〇四七、九三九円の支払を求めると主張し、立証として甲第一ないし第八号証を提出し、検証の結果並びに証人小湊毅、同内山ちう子、同高橋光子、同大石徳治の各証言を援用し、乙号各証の成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を、原告敗訴の場合担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、原告主張事実に対する答弁として、訴外佐藤正夫が建設業を営む被告の従業員で、被告所有貨物自動車の運転業務に従事していること、同訴外人が昭和四一年一一月一七日午前七時四〇分頃、被告所有の貨物自動車を運転し、飯山市市の口地籍旭農業協同組合前から飯山市寄り凡そ一〇〇米の県道飯山新井線を飯山市に向け時速約五〇粁で進行中、原動機付自転車を運転して、同一方向に進行中の原告等三女孝子(昭和二二年二月一九日生の独身)を追い越したこと、同女が転倒して頭蓋底骨折の傷害を受け、死亡したこと、被告が前記貨物自動車を自己のため運行の用に供していたものであることはいづれもこれを認め、その余の点を争うと述べ、訴外佐藤正夫は、右孝子追越地点手前約七―八〇米附近で、該道路略中央附近を時速約四〇粁で同一方向に進行中の右孝子運転の原動機付自転車を発見し、暫時同一速度で追尾した後、警音器を二回鳴らして進路を道路右側に移し、右貨物自動車左側前輪と右孝子運転の原動機付自転車前輪との間隔〇、九七米以上を保持して、同女の右側方を通過したので、訴外佐藤正夫に過失がなく、却つて同女の側に

(一)自動車運転免許条件として、法定視力以上に矯正し得る眼鏡を使用すべきであつたのに、当日眼鏡を使用してなかつた

(二)法定最高時速三〇粁を超過する時速四〇粁以上で進行していた

(三)原動機付自転車把手左手に弁当入りハンドバック引つかけ、これが動揺による把手不安定の状況で進行していた

(四)原動機付自転車のフートブレーキの所謂遊びが大きく、車輪空気圧も高きに過ぎ、整備不良の車両であつた

(五)原動機付自転車を運転、高速(時速凡そ四〇粁)で進行中、フートブレーキのみを力強く踏んだ場合、車両の構造(後車輪右側にブレーキ附置)上、車体が右側に傾斜する習性があるのに、同女は、フートブレーキを踏んだと推測できる

(六)訴外佐藤正夫が警音器を二回鳴らしたのに、減速も避譲もしなかつた

(七)運転未熟で既に何回も二輪車を運転中転倒したのに、当日慎重な運転をしていなかつた

という数々の過失があつたのに、他方被告及び訴外佐藤正夫側においては

(一)前記貨物自動車が二噸積一、九〇〇ccトヨペットダイナで、空車であり

(二)右貨物自動車と前記原動機付自転車とは勿論、右孝子の身体とも全然接触したことなく、同女に心理的動揺を与える原因もなく

(三)右貨物自動車には、構造上の欠陥、機能上の障害等全然なかつたばかりでなく、被告の運転管理係並びに被告代表者が、同訴外人の自動車運転につき、常時注意を尽し、監督義務を怠つたこともなく

(四)訴外佐藤正夫には、右孝子運転の原動機付自転車右側通過の際何等の過失なく、従つて同女の転倒との間に相当因果関係がない

ので、被告は、原告に損害を賠償すべき責任がないと主張した。

〔証拠関係略〕

理由

(イ)訴外佐藤正夫が建設業を営む被告の従業員として被告所有の貨物自動車を運転する業務に従事していること、(ロ)同訴外人が昭和四一年一一月一七日午前七時四〇分頃、被告所有の二噸積一九〇〇cc貨物自動車を運転して、飯山市市の口地籍旭農業協同組合前から飯山市街地寄り凡そ一〇〇米地点の県道飯山―新井線を飯山市街地方面に両け時速約五〇粁で進行中、原動機付自転車を運転し同一方向に進行していた原告両名の三女孝子(昭和二二年二月一九日生の独身)を追い越したこと、(ハ)同女が同地点で転倒し頭蓋底骨折の傷害を受けて死亡したこと、(ニ)被告が前示貨物自動車を自己のため運行の用に供していたものであることは、いづれも当事者間争がない。そこで訴外佐藤正夫が前記の県道飯山―新井線を前示貨物自動車で進行中、原動機付自転車に乗車して同一方向に進行していた訴外小湊孝子を追い越すため、同女の右側を時速五〇粁で通過するに当り、右自動車運転者の過失行為に因り、同女が転倒して傷害を受け、死亡するに至つたものであるか、どうかについて審究する。

元来普通自動車又は大型自動車の運転者は、自転車、原動機付自転車又は最高法定時速五〇粁の自動二輪車を追い抜き或は追い越す場合、これらの運転者が後方不注意のため、右寄りに進路を採り、これと接触、衝突して転倒させる危険がない訳ではないので、予め警音器を鳴らして合図し、同車両と十分な間隔を保つような進路を採り、安全を確認しつつその右側を通過し、事故を未然に防止すべき業務上の注意義務を負つているところ、これを本件にみるに、〔証拠略〕を綜合すれば、

(一)訴外佐藤正夫は、昭和四一年一一月一七日午前七時四〇分前頃、普通貨物自動車二噸一九〇〇cc(長四、ぬ、八九三六号)の空車を運転して、飯山市大字飯山の県道飯山―新井線を字旭地籍から字市の口地籍に向い、非舗装個所を時速三〇粁ないし三五粁で進行し、舗装道路になつてから加速し、旭農業協同組合前を通過した後、市の口地籍の舗装幅員約五、二米の右県道中央附近を時速凡そ三五粁ないし四〇粁で、フートブレーキの整備不完全な原動機付自転車(飯山市二七二八号)を運転して進行中の訴外小湊孝子の後方一一米余りに追い付き、暫時追尾したところ、同女が稍左側に寄つたので、道路中央線右側に進路を移し、右中央線より〇、三ないし〇、四米左側を直進していた同女の後方で、警音器を二回鳴らすと共に、進路を更に中央線梢右側に採り、時速凡五〇粁に加速し、依然として直進を継続していた同女の右側で、貨物自動車々体左側と原動機付自転車前輪中心との間隔一米余の個所を直進して追抜いたこと、

(二)右追抜の際、訴外小湊孝子運転の原動機付自転車の右把手先端又は同女の身体と訴外佐藤正夫運転の貨物自動車との間隔が〇、六ないし〇、七米あつて、右両車両は勿論、同女の着衣には、貨物自動車に接触した痕跡が全然存在していないこと、

(三)訴外小湊孝子は、その右側を訴外佐藤正夫運転の貨物自動車が通過した後、平衡を失い、原動機付自転車諸共右方に傾斜し、道路中央線(仮定)左側凡そ〇、五米附近の個所から左斜前方に車輪の右側下部面(接地面の右側上部)で路面に泥跡を印しながら二米余進行する間徐々に右傾し、遂に右側ステツプ先端で舗装路面を左斜に約二、七五米擦過して該部分を損壊し、更に右上膊部外側でも、約二、二米に亘り、路面に擦過し、薄空色の痕跡を残して、幅〇、五米の道路左側非舗装路肩部分に突つ込み、更に右自転車後部を左に凡そ九〇度振つて、道路左側斜面に転落、停車した車体の左斜前下の測溝(路面から約一、五米下方)内に転落し、頭蓋底骨折の傷害を受けたこと、

(四)訴外佐藤正夫が昭和四一年一一月一七日午前七時四〇分頃、運転していた普通貨物自動車、長、ぬ、八九三六号は、当時構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたこと、

を夫々認めることができるのであつて、五、六両以上連結した汽車又は電車が時速五、六〇粁以上で走行する場合、鉄路犬走外側の雑草が風圧によつて前方に靡くことは、吾人の日常経験するところであるけれども、普通乗用車又は貨物自動車が時速五、六〇粁で走行する場合、該自動車の外側一米、高さ〇、三米の範囲内における斜後方外側に流れる気流の強さは、自重七五瓩の原動機付自転車に体重四五瓩以上の人が乗車している該自転車前後車輪下部を外側に押す程強力なものでなく、又乗用自動車、貨物自動車の後部直近中央部に流入する気流も亦右自転車の運転者を右方に引き込む程強力なものでないことは、経験則に徴し自ら明らかであり、これを前記認定事実に照せば、訴外佐藤正夫が訴外小湊孝子運転の原動機付自転車の右側〇、七ないし一米の個所を時速凡そ五〇粁で通過した際における貨物自動車による気流は、いづれも同女をして平衡を失せしめ、転倒させるに足る程強力なものであつたと断定し難いので、訴外佐藤正夫の右運行々為と同女の転倒との間には、相当因果関係あつたということができず、同訴外人に自動車運転につき、他に注意義務を怠つた過失を認めるに足る事実も存しない。

以上の理由により被告に対し自動車損害賠償保障法第三条に基く責任は勿論、民法第七〇九条、第七一五条に基く責任を負わせることができないものと認める。

よつて原告等の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条により主文の通り判決する。

(裁判官 細井淳三)

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